はじめに
- ERで指の切創を診察する際、感覚の評価(神経損傷)と屈筋腱の評価(FDS/FDP断裂の有無) は必須です。しかし、救急の現場では「腱は大丈夫そう」という安易な判断で見逃されるケースも少なくありません。
- 本記事では、FDS・FDPの解剖、臨床での診察方法を医師の視点で整理します。
Key Point Summary
屈筋腱:母指は、FPL 1本のみ。示〜小指は、FDSとFDP 2本ずつある。 FDSの断裂 → 第2関節が屈曲できない → FDS test陽性。 FDPの断裂 → 第1関節が屈曲できない → FDP test陽性。 ERで指の切創を診察する際に、指の感覚(神経断裂の有無)とFDS・FDP test(腱断裂の有無)は必ずチェックしよう。
Q & A
【参考文献】
Pękala PA, Henry BM, Pękala JR, Hsieh WC, Vikse J, Walocha JA, Tomaszewski KA. Clinical anatomy of the flexor digitorum superficialis: applications in surgical practice and injury management. Clin Anat. 2019;32(6):828-840. doi:10.1002/ca.23392
→小指のFDS腱は解剖学的に多様であり、欠如や他指との連結が比較的高頻度にみられる。特に小指のFDS腱は20〜30%の症例で欠如しており、このことが小指の独立した運動に影響することが報告されている。
Miura T, Ishida O, Uchiyama S, Kato H. Anatomic and clinical study of the flexor digitorum superficialis of the little finger. J Hand Surg Am. 2010;35(3):384-388. doi:10.1016/j.jhsa.2009.11.017
→高齢者や外傷既往があるケースでは、腱癒着や筋の線維化がFDSの独立運動を制限する可能性があり、純粋な断裂との鑑別が難しい場合がある。
Outline
【解剖】
- 母指の屈筋腱は、⻑母指屈筋腱(FPL)の1本のみ。母指末節骨底に停止し、母指IP関節とMP関節の屈曲をする。
- 示指〜小指は中節骨底に停止する浅指屈筋腱(FDS)と末節骨底に停止する深指屈筋腱(FDP)からなる。
- FDSは、中節骨底に停止しているので、前腕にある筋肉が収縮するとPIP関節が屈曲する。さらに筋肉が収縮すると、MP関節の屈曲、手関節の掌屈にも関与する。
- FDPは、末節骨底に停止しているので、前腕の筋肉が収縮するとDIP関節が屈曲する。さらに筋肉が収縮すると、PIP関節の屈曲、MP関節の屈曲、手関節の掌屈にも関与する。

母指の屈筋腱は長母指屈筋腱(FPL)1本のみ。

FDSとFDPの停止部の違い。腱の停止部をみると、どの関節が屈曲できるかを理解しやすい。 (理解しやすくするために示指はFDSのみ、中指はFDPのみ、環指はFDSとFDPの両方を図示した。)

FDS腱は中節骨底に停止するので、筋肉が収縮するとPIP関節が屈曲する。

FDP腱は末節骨底に停止するので、筋肉が収縮するとDIP関節が屈曲する。
【診断】
- FDS、FDPの断裂がないかを確認する方法として、FDSテスト、FDPテストを覚えておきたい。
- FDS単独断裂:指の自動屈曲は可能。FDS testは陽性である。
- FDP単独断裂:DIP関節の屈曲は不能で、PIP関節の屈曲は可能。FDP testは陽性である。

FDS test
他の3指を伸展位に保持した状態で、患指のPIP関節が屈曲できれば陰性(=FDSは切れていない)となる。PIP関節が屈曲できなければFDS test陽性となる。

FDP test
DIP関節が屈曲できれば陰性(=FDPは切れていない)となる。DIP関節が屈曲できなければFDP test陽性となる。
ポイント FDSの断裂=第2関節(PIP)が屈曲できない=FDS test陽性 FDPの断裂=第1関節(DIP)が屈曲できない=FDP test陽性