教育

【学術Tips】一症例を使い切る|オペスケッチを外科医の学習ツールにする

オペレコは、手術が終わったあとに作成する記録。 しかし、オペスケッチを手術後の記録だけに使うのはもったいない。 術前に描き、術中に確かめ、術後に修正する。 このサイクルを繰り返すことで、オペスケッチは一症例から得た経験を次の手術へつなげる学習ツールになるよ!
指導医

 

「絵が上手でないと、オペスケッチを描く意味はありませんか?」

レジデント
オペレコの絵が苦手です。やはり、きれいに描けないと意味がないでしょうか?
大切なのは、絵の上手さではないよ。自分が手術をどこまで理解しているかを、描くことで確かめるんだ。
指導医
レジデント
手術後ではなく、術前から描くのですか?
そう。術前に描き、術中に確かめ、術後に修正する。そうすると、一症例が次の手術にも使える「学習ファイル」になるんだ。
指導医

 

30秒でわかる Key Points

✓ オペスケッチは、絵の上手さを競うものではない

✓ 術前に描くと、自分の「分かったつもり」が見えてくる

✓ 術前・術中・術後の情報を、一つの学習ファイルにつなげる

✓ 一症例から得た学びを、次の患者へ持っていく

 

「見た」ことと「理解した」ことは違う

現在は、質の高い手術書、論文、解剖アプリ、手術動画などに容易にアクセスできます。以前に比べれば、外科医の学習環境は格段に恵まれています。

しかし、資料を見て「分かった」と感じることと、自分の頭の中で解剖や術式を再構成できることは同じではありません。

そこで私は、若い外科医に、術前に一度、自分の手で手術を描いてみることを勧めています。

資料を見ながら描いても構いません。ひと通り学習したあとに資料を閉じ、記憶を頼りに描いてみる方法もあります。

実際に描こうとすると、次のような疑問が浮かんできます。

  • どの層で剥離するのか
  • 神経と動脈は、どのような位置関係にあるのか
  • 何を温存し、何を切離するのか
  • どの操作が手術の難所になるのか

文章や図を眺めているだけでは通り過ぎていた疑問が、描こうとした瞬間に見えてきます。

オペスケッチは、完成した知識を記録するためだけのものではありません。

自分が理解できているところと、まだ調べる必要があるところを見つけるための道具でもあります。

ここで重要なのは、きれいな絵を完成させることではありません。

必要な構造、位置関係、危険部位、これから行う操作を、簡潔な模式図として表現できれば十分です。

 

描くことで「分かったつもり」を見える形にする

描くことを学習に利用する方法は、教育学では「drawing-to-learn」として研究されています。

描くためには、まず多くの情報の中から重要なものを選ばなければなりません。さらに、それぞれの構造の位置関係を整理し、自分なりに組み立て直す必要があります。

つまり、描くことは単なる書き写しではありません。頭の中にある理解を、目に見える形へ取り出す作業です。

一方で、細部まで正確に描こうとしすぎると、描画そのものが負担になり、本来の学習を妨げる可能性があります。

描く目的は、作品を完成させることではありません。手術の理解に必要な情報を選び、整理することです。

 

手術を2次元から3次元、さらに4次元で考える

教科書や論文に掲載される解剖図は、基本的には2次元です。

しかし実際の手術では、構造の深さや重なり、見る方向によって変化する位置関係を、3次元で理解しなければなりません。

ある構造を正面からは描けても、側面から描けないことがあります。その場合、名称やおおよその位置は知っていても、立体的な位置関係までは理解できていない可能性があります。

同じ構造を異なる方向から描くことは、自分の3次元的な理解を確かめる方法になります。

 

手術には「時間軸」もある

手術には、さらに時間の流れがあります。

皮膚を切開したあと、どの層に入り、何を牽引すると、どの構造が見えてくるのか。次の操作によって、術野がどのように変化するのか。

教科書のStep 1とStep 2の間には、実際には多くの操作と判断が存在します。

私は、この時間軸まで含めて手術をイメージすることを、便宜的に「4次元の手術理解」と考えています。

難しい手術の前には、手術開始から閉創までを頭の中で動画のように再生してみます。

  • どの場面が最も難しいか
  • どの方向へ組織を牽引するか
  • どの器具を、どの角度で入れるか
  • 危険な構造が、いつ術野に現れるか

頭の中の動画が途中で止まるところは、自分の理解がまだ不十分なところです。そこをもう一度調べ、必要であればスケッチします。

初学者が最初から手術全体を再生できる必要はありません。まずは重要な場面を一枚ずつ描き、その間を実際の手術や動画で少しずつつなげていけばよいと思います。

 

上級医の「手が止まった瞬間」を見る

上級医の手術を見学するときは、手の速さや器用さだけでなく、術者の手が止まった瞬間にも注目してみてください。

その瞬間、術者は何かを考えている可能性があります。

  • 解剖を確認している
  • 次に入る層を判断している
  • 血管や神経の走行を予測している
  • 予定していた方法を変更すべきか考えている

可能であれば、術後に「あの場面では、何を考えていたのですか」と聞いてみます。

その答えは、教科書や編集された手術動画には残りにくい、熟練者の思考そのものです。

手術見学では、術者の手の動きだけでなく、判断が生じた場面を学ぶことが重要です。

 

一症例を「学習ファイル」に育てる

一症例からどれだけ学べるかは、手術室に入っている時間だけでは決まりません。

術前にどこまで考え、術中に何を見て、術後に何を残すかによって、同じ一症例から得られる経験の深さは変わります。

私は、術前計画、画像、スケッチ、術中所見、上級医から教わったこと、術後に残った疑問を、一つの「学習ファイル」にまとめることを勧めています。

Step 1|術前に自分の理解を描く

まず、X線やCTなどの画像から病変や骨折形態を読み取ります。

ただし、画像を眺めて「分かった」で終わらせません。

骨片はどこにあるのか。どの程度の大きさなのか。関節面とどのような位置関係にあるのか。異なる方向から描き、2次元の画像を立体的に組み立て直します。

さらに、予定する皮膚切開、進入する層、温存すべき構造、手術の難所を描きます。

この段階のスケッチは、正解である必要はありません。

術前スケッチは、正しい手術図を完成させるためだけのものではありません。

その時点で、自分が何を理解し、何を理解できていなかったかを保存するためのものです。

Step 2|術中に予想と実際を照らし合わせる

手術が始まったら、術前に考えた解剖や進入経路と、実際の術野を照らし合わせます。

見るべきなのは、予想どおりだった部分だけではありません。

予想と違った部分、術前には具体的にイメージできていなかった部分こそ、重要な学びになります。

教科書で知っていた解剖学的名称が、実際の患者の中で「どこにあり、自分がどの層を進めばよいのか」という使える解剖へ変わります。

Step 3|上級医の実践知を残す

手術では、論文や教科書に書かれにくい知識を学ぶことがあります。

  • どの器具が使いやすいか
  • 器具をどこに入れるか
  • どの方向へ力を加えるか
  • どの程度の力で操作するか

こうした情報は、手術直後には鮮明でも、時間がたつと失われやすいものです。

そこで、忘れないうちに短い文章と簡単なスケッチで残します。

術中写真だけでは、器具の位置や力を加えた方向が分かりにくいことがあります。そのような情報は、矢印や模式図で補います。

Step 4|術後に新しく分かったことを追記する

術後には、術前に作成した資料を捨てて、正しい手術記録へ置き換えるのではありません。

術前の理解を残したまま、実際の手術で分かったことを追記します。

例えば、次のように情報を分けます。

  • ポイント:手術で新たに理解できたこと
  • 実践知:上級医から教わった器具や操作のコツ
  • 疑問:手術後も十分に理解できなかったこと
  • ToDo:次に調べる論文や課題

デジタルで作成する場合は、術前と術後の書き込みを色分けしてもよいでしょう。

術前の予想と、術後に得た理解の違いが見えやすくなります。

Step 5|分からなかったことを消さずに残す

すべてを理解してから、学習ファイルを閉じる必要はありません。

分からなかったことを疑問として残すことも重要です。

疑問が残っていれば、それが論文を読む理由になります。次の類似症例が来たときには、その疑問を持った状態から学習を始められます。

そして、次の症例で答えが見つかったら、同じファイルへ書き加えます。

Step 6|次の症例では、前回の続きから始める

毎回、ゼロから勉強を始める必要はありません。

同じような症例を担当するときには、以前の学習ファイルを開きます。

1例目では術式を理解するだけで精一杯かもしれません。2例目では、前回分からなかった部分を確認します。3例目では、より安全で効率的な方法を考えます。

症例を重ねるたびに、学習の出発点を少しずつ高くしていくのです。

こうすることで、症例数は単なる「経験した手術の数」ではなく、自分の中に積み上がる知識と技術になります。

 

写真を写すのではなく、必要な情報を「選ぶ」

術中写真には、実際の術野が忠実に記録されます。

しかし、写真には、重要な構造だけでなく、周囲の組織、血液、手術器具など、多くの情報が同時に含まれています。

そのため、写真だけでは「この手術で何が重要なのか」が一目で伝わらないことがあります。

オペスケッチの役割は、写真を忠実に描き直すことではありません。

もし写真と同じ情報を残すことが目的なら、写真をそのまま使用すればよいでしょう。

描く意味は、写真に含まれる情報から、自分が理解すべきもの、相手に伝えたいものを選び出すことにあります。

 

写真、詳細イラスト、簡略化イラストの役割

術中写真

実際の術野を忠実に記録できます。ただし、重要な情報と周辺情報が同時に写ります。

詳細イラスト

術野に存在する構造を整理し、解剖学的な位置関係を理解しやすくできます。

強調・簡略化イラスト

栄養血管、温存すべき神経、pivot point(皮弁が回転する支点)、皮弁の移動方向など、術式の理解に必要な情報だけを選んで強調できます。

何を描くかと同じくらい、何を描かないかが重要です。

情報を減らすこと自体が目的ではありません。何を理解し、何を伝えたいのかに応じて、情報量を選びます。

この取捨選択は、「この手術の本質は何か」を考える作業でもあります。

 

紙かiPadかではなく、学びをどう残すか

オペスケッチは、紙に描くか、タブレットに描くかという二者択一で考える必要はありません。

紙には、取り出してすぐに描け、操作を考えずに手を動かせるという利点があります。

一方、iPadなどのタブレットでは、線の修正、色分け、追記、画像との重ね合わせが容易です。さらに、写真、画像、スケッチ、コメントを一つにまとめ、保存・検索できます。

紙に描いたスケッチを撮影し、デジタルの学習ファイルへ取り込んでも構いません。タブレット上で直接描いてもよいでしょう。

KeynoteやPowerPointなど、使い慣れたソフトで十分です。高機能な描画ソフトを使いこなし、完成度の高いイラストを作る必要はありません。

重要なのは、道具ではありません。

一度作った症例資料を、術前、術中、術後と更新しながら使い続けることです。

 

忙しい外科医が学習ファイルを続ける3つのコツ

1.毎回ゼロから作らない

同じ術式であれば、以前の資料を複製し、今回新しく学んだことだけを追加します。

完成した教材を毎回作る必要はありません。

2.「ポイント」「疑問」「ToDo」だけでも残す

時間がなければ、長い文章を書く必要はありません。

その症例で得たポイント、残った疑問、次に調べることを短く記録します。一本の線と一つの矢印だけでも、次の症例で記憶を呼び起こす手がかりになります。

3.オペレコ、カンファレンス資料、勉強ノートを分けない

忙しい外科医にとって、複数の資料を別々に作るのは現実的ではありません。

術前カンファレンスで作った資料に、術中所見と術後の学びを追記します。その資料を、自分の学習ファイルとして次の症例でも使います。

一度記録に使った時間を、そのまま次の手術の学習へつなげることが大切です。

 

経験を積んでからこそ、問いを変える

若い時期には、一症例から多くのことを学びます。解剖、術式、器具の使い方など、一つの手術の中にも初めて経験することが数多くあります。

経験を積むにつれて、同じ術式から得られる新しい知識は少なくなります。これは自然なことです。

しかし、そこで「この手術はもう分かった」と学習を終える必要はありません。

ある程度手術が安定したら、問いを変えます。

  • この切開をもう少し小さくできないか
  • もっと安全に展開できないか
  • この操作をより速く、正確にできないか
  • 別の器具なら、組織への負担を減らせないか

医学の進歩は、まったく新しい術式だけから生まれるものではありません。

95点の手術を96点、97点へと高める小さな工夫も、外科の進歩です。

疑問を持って学会を聴き、論文を読み、優れた術者の手術を見学します。そして、得られた小さな改善を自分の学習ファイルへ書き加えます。

若い頃には自分のために作っていた記録が、経験を積むと後輩を指導するための資料にもなります。

一例ごとに残した小さな学びは、やがて自分自身の経験知となり、次の世代へ渡すことのできる教育資源になります。

 

Take-home Message|一症例を使い切る

  • オペスケッチは、絵の上手さではなく、自分の理解を確かめるために描く
  • 術前に描き、術中に確かめ、術後に学びと疑問を追記する
  • 一症例で得た経験を、次の患者へ持っていける形で残す

目の前の一症例を、「経験した」で終わらせないでください。

術前に調べる。描く。考える。実際の手術で確認する。予想と違った部分を書き加える。上級医から教わったことを残す。分からなかったことを疑問として残す。そして、次の症例の前にもう一度、そのファイルを開く。

この反復によって、一人の患者から得た経験が次の患者へつながります。

オペスケッチは、絵の上手さを競うためのものではありません。

上手に描くために描くのではない。手術が上手くなるために描く。

一例ごとの小さな学びを積み重ねることが、10年後、20年後の術者としての到達点を変えると、私は考えています。

 

Evidence

  1. Quillin K, Thomas S. Drawing-to-Learn: A Framework for Using Drawings to Promote Model-Based Reasoning in Biology. CBE Life Sci Educ. 2015;14:es2.要点:描画は、重要な情報を選択・整理・統合し、自分のmental model(頭の中に構築した理解)を外在化する学習活動として整理されています。ただし、描画自体の負担が大きすぎると、学習を妨げる可能性があります。
  2. Beach IR, D’Agostino EN, Thakrar R, Lunardini DJ. Learning by drawing and modeling: Teaching modalities for spinal anatomy in medical students. Anat Sci Educ. 2023;16:1041-1045.要点:医学生を描画、粘土模型、3次元解剖アプリの3群に分けて比較したところ、描画群では学習前後の得点が平均11%改善しました。ただし、オペスケッチが外科技能を直接向上させることを示した研究ではありません。
  3. Noorafshan A, Hoseini L, Amini M, et al. Simultaneous anatomical sketching as learning by doing method of teaching human anatomy. J Educ Health Promot. 2014;3:50.要点:医学部1年生を対象とした授業では、80%以上の学生が、描きながら学ぶ方法を解剖概念の理解に有用と評価しました。

動画でも解説します

オペスケッチを学習ツールとして使う方法を、2〜3分の動画でも解説します。

術前・術中・術後に何を残せばよいか、実際の学習ファイルをもとに紹介する予定です。

▶ YouTube動画:公開後にリンクを追加

 

医師の学習を支えるデジタルツール

iPad、スタイラス、Keynoteなどを使って、術前計画や学習ファイルを作る方法は、以下のページで紹介します。

医師向けiPad・デジタル学習ガジェット

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小野真平(形成外科医)/ Shimpei Ono(Plastic Surgeon) 

日本医科大学形成外科学教室 准教授/医師。Advanced Medical Imaging and Engineering Laboratoryを主宰。 手足の形成外科、マイクロサージャリー、再建外科を専門とし、臨床・研究・教育に従事。可動式義指の開発、VR教育、3D超音波や医用画像工学の応用、PROsを重視した研究を展開。 美術解剖学や医療イラストレーションにも造詣があり、芸術と医学の融合をテーマに講演・執筆。教育活動では学生・研修医指導のほか、東南アジア医学研究会(Ajiken)部長として国際医療交流・災害医療にも取り組む。

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