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【診療Tips】生活保護患者と医療費 医師が理解すべき制度と臨床の現実

はじめに

  • 「生活保護の患者は医療費がかからないから受診が多い」という言説は、医療現場でしばしば耳にします。実際に、生活保護受給者(医療扶助対象者)の医療費は一般患者に比べて高い傾向があるとする論文や行政データがあります。

  • しかし、その差は「制度による過剰利用」だけで説明できるのでしょうか? 本記事ではエビデンスを踏まえつつ、医師の立場から考察します。

 

エビデンスから見た現状

1. 入院医療費が高い傾向

  • Yuda (2018, PLoS One)
    日本の短期入院データを解析した結果、生活保護患者は一般保険患者に比べ、医療費が有意に高いことが示されました。治療や手術の提供頻度が高く、医師による積極的な医療介入が背景とされています。

    • 引用: Yuda T. PLoS One. 2018;13(9):e0204798. doi:10.1371/journal.pone.0204798

2. 受診率・入院率が高い

  • 厚労省や参議院調査室の報告では、生活保護患者は受診頻度・入院日数が一般患者より長い傾向があるとされています。結果として「一人当たり年間医療費」が高くなる構造です。

    • 出典: 参議院調査室「生活保護の現状と課題」2012年報告

3. 疾病構成の違い

  • 精神・行動障害を有する患者の割合が高く、慢性疾患や重症度の高い症例が多いこともコスト上昇の要因となります。

 

医師としての考察

制度と健康格差の交錯

  • 生活保護制度は「最低限度の生活保障」を目的としています。医療費の自己負担がゼロであるため、一般患者のように「費用抑制のインセンティブ」が働かないという批判はあります。
  • しかし、生活保護に至る背景には慢性疾患、精神疾患、就労困難といった健康格差が深く関わっています。

「過剰利用」ではなく「必要医療」か

  • 生活保護患者の医療費が高いという事実は、必ずしも「不必要な利用」を意味しません。
  • 予防医療や早期介入が十分に機能していない結果、医療の必要度が高まっている可能性も考慮すべきです。

医師の現場感覚

  • 生活保護患者の医療費が高くなる要因には、医療者側と患者側の両面があります。
    • 医療者側の要素
      生活保護患者は自己負担がないため、検査や画像診断を行う際に「費用負担を考慮して控える」という判断をしなくて済みます。その結果、一般患者に比べて検査件数が増える傾向があります。また、手術適応についても「少しでも治療効果が見込めるなら実施しよう」と判断されやすく、若干ハードルが低くなることがあると思います。

    • 患者側の要素
      一方で、生活保護患者は予防医療や早期介入が十分に行われていない場合が多く、糖尿病などの慢性疾患を重症化させて来院するケースも目立ちます。さらに、治療のアドヒアランスが不良なこともあり、再入院や再手術につながることがあります。結果として、手術回数の増加や入院期間の延長に直結し、医療費を押し上げる要因となっています。

  • こうした現場の印象は、制度による「受診機会の増加」と患者背景による「疾病の重症化」が組み合わさって医療費を高めている可能性を示唆しています。

 

Pearls & Pitfalls

  • Pearl:生活保護患者の医療費は確かに高いが、その背景には疾病構成や健康格差がある。

  • Pearl:生活保護患者の医療費が高くなる要因には、医療者側と患者側の両面がある。

 

まとめ

  • 生活保護患者の医療費は、一般患者より高い傾向があることが複数の研究で示されています。しかしその背景には、疾病の重症度や受診率の高さ、社会的要因が絡み合っています。

  • 医師は制度の仕組みを理解したうえで、偏見を排し、必要な医療を適切に提供する姿勢が求められます。

 

 

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小野真平(形成外科医)/ Shimpei Ono(Plastic Surgeon) 

日本医科大学形成外科学教室 准教授/医師。Advanced Medical Imaging and Engineering Laboratoryを主宰。 手足の形成外科、マイクロサージャリー、再建外科を専門とし、臨床・研究・教育に従事。可動式義指の開発、VR教育、3D超音波や医用画像工学の応用、PROsを重視した研究を展開。 美術解剖学や医療イラストレーションにも造詣があり、芸術と医学の融合をテーマに講演・執筆。教育活動では学生・研修医指導のほか、東南アジア医学研究会(Ajiken)部長として国際医療交流・災害医療にも取り組む。

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