医学の歴史 手外科 教育

【手外科Tips】Sterling Bunnellとは?手外科の父が築いた現代手外科の礎と名著『Surgery of the Hand』

はじめに

  • 手外科という分野は、戦争による外傷治療の中から生まれました。その礎を築いた人物がSterling Bunnell(スターリング・バネル, 1882-1957)です。

  • 彼は「手外科の父(Father of Hand Surgery)」と呼ばれ、現代の手外科診療・教育システムに多大な影響を与えました

 

Sterling Bunnellの生涯

Sterling Bunnellの肖像画:J. William LittlerによるSterling Bunnellのスケッチ。手外科教育の象徴的な人物。

  • 1882年6月17日:アメリカ・サンフランシスコ生まれ
  • カリフォルニア大学医学部卒業(1908年)
  • 一般外科医として活動しながら、手の外科に強い関心を持つ
  • 第一次世界大戦で軍医として従軍し、複雑な手外傷を経験
  • 1929年:飛行機事故で重傷を負い、以後も困難を克服して診療を継続
  • 第二次世界大戦:米国陸軍外科総監Norman T. Kirkと協力し、米国内に9つのハンドセンター(Army Hand Centers)を設立
  • 1944年:世界初の手外科専門書『Surgery of the Hand』初版を出版
  • 1957年8月20日:サンフランシスコで逝去

 

 

功績1:9つの米軍ハンドセンター設立

  • 第二次世界大戦中、手外傷患者は急増しました。従来は通常の外傷と同じ手順で治療されていましたが、Bunnellは「手は特殊な機能を持つ器官であり、専門的に治療すべき」と主張しました。
  • 彼は陸軍外科総監Kirkと共に、アメリカ国内に9つのハンドセンターを設立。
  • これらのセンターの主任外科医は、後にアメリカ手外科学会(ASSH: American Society for Surgery of the Hand)を創設しました。

名言
"Hand surgery is an area specialty, not a tissue specialty."
「手外科は組織ごとの外科ではなく、手という機能単位に特化した分野である」

  • この理念は現在の手外科教育にも受け継がれています。

 

功績2:名著『Surgery of the Hand』

Sterling Bunnellによる名著『Surgery of the Hand』第2版。現代手外科の礎となった教科書

  • 1944年に出版された『Surgery of the Hand』は、世界初の体系的な手外科教科書であり、以後25年間にわたり「手外科のバイブル」として使用され続けました。

特徴

  • 初版(1944年):734ページ

  • 第2版(1948年):930ページ

  • 第3版(1956年):1,079ページ

第1版はBunnell自身が全章を執筆(腫瘍の章のみL.D. Howard Jr.が担当)。
第4・5版はJoseph Boyesにより改訂されました。

  • 特に、腱・神経外科、スプリント療法、戦傷治療の記載が充実しており、現代手外科にも通じる治療理念が数多く含まれています。

 

功績3:手外科教育システムの構築

  • Bunnellは教育にも情熱を注ぎ、各ハンドセンターで数日間にわたる集中講義と実技指導を実施しました。
    その内容は以下の通りです。

  • その内容は以下の通りです。この教育システムが、現在の手外科専門医プログラムの基盤となりました。
    • 手の機能解剖学

    • 戦傷治療と再建の原則

    • 腱・神経・関節損傷の治療法

    • 皮弁による再建術

    • 術後スプリントとリハビリテーション

功績:Bunnellの名前のついた術式

  • 彼の名前は現在も多くの臨床用語に残っています。

名称 内容
Bunnell’s test 手の内在筋機能を評価するテスト。PIP関節を屈曲させて内在筋・外在筋の障害を鑑別する。
Bunnell術式 腱損傷時に用いるBunnell縫合法(腱を強固に縫合する方法)。現在の6-strand suture法の基礎。
Bunnell’s opponensplasty 尺側手根屈筋を用いた母指対立再建術。

 

 

Sterling Bunnellの理念と名言

"Hand surgery is not about saving fingers, but about saving function."
「手外科は指を救うことではなく、機能を救うことが目的である」

解説

  • Bunnellは、外科医が目指すべきものは単に失われた指を残すことではなく、手全体の機能を最大限に回復させることであると説きました。
  • この理念は、現代手外科の基本的な考え方となり、リハビリテーションやチーム医療の重要性を強調する根拠ともなっています。
  • 例えば重度外傷で複数の指が損傷していても、無理に全てを温存するのではなく、以下を優先して治療方針を決定するという実践的な指針となっています。
    • 手のつかむ機能(grasping)

    • つまむ機能(pinching)

    • 感覚の回復(sensation)

  • この言葉は現代手外科医療の理念を簡潔に表現した、最も有名なBunnellのメッセージです。

 

まとめ

  • Sterling Bunnellは、戦争という極限状況の中で、手外科という新しい分野を創設しました。
  • その功績は、現代の手外科医療、教育、学会運営にまで受け継がれています。

Sterling Bunnellの最大のメッセージは「機能を救う外科」
これは現在の外科医にとっても普遍的なテーマです。

参考文献

  • Newmeyer WL Ⅲ. Sterling Bunnell, MD: The Founding Father. J Hand Surg Am. 2003;28(1):161-164. doi:10.1053/jhsu.2003.50019

『Green's Operative Hand Surgery』は、現代手外科のバイブルとも言える一冊。Sterling Bunnellの『Surgery of the Hand』が歴史的教科書なら、本書は最新の知見を集約した実践書として位置づけられるよ。手外科を専門とする医師にとって必携の参考書だよ。
指導医

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小野真平(形成外科医)/ Shimpei Ono(Plastic Surgeon) 

日本医科大学形成外科学教室 准教授/医師。Advanced Medical Imaging and Engineering Laboratoryを主宰。 手足の形成外科、マイクロサージャリー、再建外科を専門とし、臨床・研究・教育に従事。可動式義指の開発、VR教育、3D超音波や医用画像工学の応用、PROsを重視した研究を展開。 美術解剖学や医療イラストレーションにも造詣があり、芸術と医学の融合をテーマに講演・執筆。教育活動では学生・研修医指導のほか、東南アジア医学研究会(Ajiken)部長として国際医療交流・災害医療にも取り組む。

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