手外科

【Step by Step 手術手技】腱断裂(zone II)に対する屈筋腱縫合

Key Point Summary

屈筋腱損傷のZone IIは、一次縫合の治療成績が不良であり"no man's land"とよばれていた。

 腱自体の治癒能力(= intrinsic healing)が証明されると、腱の修復は遊離腱移植から一次縫合へ、後療法は固定法から早期自動運動療法(EAM)へ移行し、それに伴い治療成績も向上した。

現在の屈筋腱損傷治療のコンセプトは、① 強固な縫合法(locking様式の6-strand suture)と ② 術後早期からの自動運動(EAM)で縫合腱を滑走させ、癒着を防止することである。

 

 

 

 

Q & A

レジデント
指の伸筋腱断裂はERで指ブロック下で縫合することがあると思うのですが、屈筋腱断裂もERで局麻手術できますか?

それは×だね。屈筋腱縫合は、手関節以遠の関節を屈曲位で保持して、十分な筋弛緩を得て、無血野で手術しないと、良い治療成績は出せないよ。手術室で手術をするのが望ましいね。
指導医

レジデント
術後のリハビリテーション(以下、リハビリ)は必須ですか?

術後のリハビリは手術と同じぐらい大事だよ。ハンドセラピスト(作業療法士)とタッグを組んで、屈筋腱のリハビリプロトコルを運用している施設が多いよ。日医形成では、聖隷浜松病院 手外科マイクロサージャリーセンターのプロトコルを採用しているよ。症例によってはハンドセラピストに手術室に入ってもらって、腱縫合をみてもらい、リハビリプランを相談しているよ。
指導医

 

 

Outline

【解剖】

  • 屈筋腱の損傷部位分類におけるZone IIは、FDS腱停止部〜滑膜性腱鞘の折り返し部位までを指す。
  • FDS腱は、MP関節の掌側以遠で二分し、FDP腱の両側を回ってしだいにその腱の背側に至り、中節骨掌側面にChiasma(キアズマ)を形成しながら停止する。

Zones of Flexor Tendon Injuries.jpeg

 

 

 

 

 

【腱損傷治療の歴史的変遷】

  • Zone IIでの腱断裂を一次縫合すると強い癒着をきたし治療成績が不良だった。そのためBunnellは、Zone IIを "no man's land(=誰も手がだせない部位)"と名づけ、同部位での腱縫合を避けて遊離腱移植による治療が主流な時代があった。
  • 1960年以降、腱の治癒に関する研究が盛んになり、腱自体にも治癒能力があり(=intrinsic healingと呼ばれる)、腱周囲の癒着を介さずとも修復されることが判明した。
  • それにより、腱の修復は遊離腱移植から一次縫合へ、後療法は固定法から早期自動運動療法(early active mobilization: EAM)へ移行し、治療成績も大きく向上した。
  • 現在の屈筋腱損傷治療のコンセプトは、① 強固な縫合法locking様式を採用した6-strand suture)と ② 術後早期からの自動運動(EAM)で縫合腱を滑走させ、癒着を防止することである。

指導医
腱を把持する様式として、"grasping"と"locking"があるんだけど、lockingのほうが強度が勝るとされているよ。よくKessler(ケスラー)縫合というけど、Kesslerが報告したオリジナルでは、graspingを採用しているよ。"Modified Kessler"の定義は実は曖昧なんだけど、"locking様式を採用したKessler縫合"を指していることが多いよ。

 

 

【屈筋腱縫合の手術時期】

  • ≦24時間の一次修復(primary repair)≦2週間の遷延一次修復(delayed primary repair)それ以降の二次修復(secondary repair)に分類される。

  • 腱縫合の時期に関しては、受傷後 ≦ 24時間が望ましいが、初診時は洗浄と皮膚縫合のみをおこない、後日待機手術としてもよい。屈筋腱には腱ひも(vinculum tendinum)が付着しているため、伸筋腱と比較して筋短縮性拘縮が起こりにくいという特長がある。受傷後1ヶ月ぐらいまでは一次縫合が可能とされるが、腱縫合は早いにこしたことはない。

黒矢印:腱ひも(vinculum tendinum)

腱ひもの解剖

 

 

 

【EAMの適応】

  • 不安定な骨折や血管損傷がないいこと。

  • 修復腱の緊張が高すぎず、リハビリ時に再断裂の危険がないこと。

  • リハビリの目的と内容の理解ができ、訓練に協力が得られること。

両側の指動脈断裂合併例、骨折に対して強固な内固定ができない例、挫滅が強い例などは適応外となるよ。また、認知症、小児(<10歳)、重篤な精神疾患がある例では、EAMは難しいね。
指導医

 

 

Step by Step

左小指の屈筋腱損傷の症例。小指の屈筋ー伸筋のバランスが崩れて、伸展位になっているのがわかる。

 

 

■ Step 1: 麻酔 

  • 手術は、腕神経叢ブロック or 全身麻酔下でおこなう。全身麻酔下においても腕神経叢ブロックを併用したほうがよい。
  • 手台を使用する。
  • 上肢ターニケットを使用して、無血野で手術する。

肉眼での手術はオススメしない。ルーペ (or 顕微鏡)を使用しての手術が望ましい。

腕神経叢ブロックの目的は、十分な筋弛緩を得ることにあるよ。
指導医

 

 

■ Step 2: 皮膚切開 

  • Zig-zag incisionmidlateral incisionを組みあわせて皮膚切開をする。
  • 受傷時の開放創を利用して、そこから側正中線に沿うように皮膚切開を延長し、皮線にぶつかったらzig-zag incisionにすることが多い。

手指が屈曲位で損傷した場合は、遠位腱断端が末梢に引き込まれているため、皮膚切開は創から末梢に向かって延長することが多い。

一方、手指が伸展位で損傷した場合は、近位腱断端が中枢に引き込まれているため、皮膚切開は創から中枢に向かって延長することが多い。

近位指節間皮線に沿って挫創があるため、そこから側正中線に沿う皮膚切開線を作図した。

末梢側も側正中線に沿う皮膚切開線とした。

 

 

■ Step 3: 展開&損傷部位の確認 

  • 神経血管束を損傷しないように注意しながら、15番メスで腱鞘上を広範囲に剥離する。
  • 損傷部位(腱鞘断裂部、神経血管束損傷の有無)を確認する。

刃が垂直に刺さった場合を除いて、屈筋腱とともに片側の神経血管束が損傷されていることが多い。神経血管束の損傷部位を探す際は、損傷部から探すのではなく、健常部で正常な神経血管束を同定し、損傷部に向かって剥離するのが安全である。

神経血管束が両側とも損傷している場合は、不全切断の診断になるよ。
指導医

腱鞘開放部が確認できる。腱断端は確認できない。

赤線:腱鞘までの進入経路。神経血管束が損傷されていない場合は、神経血管束の掌側を乗り越えて筋鉤で牽引・保護しながら腱鞘にアプローチする。

 

 

■ Step 4: 腱断端の処理 

  • 腱断端の末梢側中枢側を確認する。
  • 末梢側:患指を他動屈曲すると血腫に覆われた腱断端が腱鞘内を移動(or 腱鞘開放部に露出)するのを確認できることが多い。
  • 中枢側:手関節はサードマンなどを使って屈曲位とする。Milking(もみだし)したり、微小モスキート鉗子を腱鞘内に刺入して腱断端を把持して腱鞘開放部に引き出す。
  • 引き出したら、腱断端が再度腱鞘内に引き込まれないように、23G針で固定する。

 

腱断端の末梢側と中枢側をそれぞれ確認し、23G針で固定する。

 

上記の操作では中枢側の腱断端が容易に引き出されない場合は、A1 pulley上に斜めの皮膚切開し、一旦中枢に断端腱を引き抜いてから、その断裂端をドレーンチューブで巻いて、微小モスキート鉗子をつかって末梢に引き出すとよい。

腱断端にかけた糸に二つ折りの軟鋼線をひっかけて引き出す方法も報告されているよ。
指導医

中枢側の腱断端が容易に引き出されない場合は、A1 pulley上に斜めの皮膚切開し、一旦中枢に断端腱を引き抜いてから、末梢に引き出す。

 

 

 

■ Step 5 :腱鞘の処置(切除)

  • 腱鞘の切除は、腱縫合部がどこになるかで異なる。
  • 腱鞘切除範囲の目安:腱縫合後に他動屈伸をした際に、腱縫合部と腱鞘が干渉する部分(=滑走の妨げになる部分)である。
  • 腱鞘切除範囲の目安:患指を伸展位で保持し、末梢側の腱断端(=縫合部となる)を中心として、末梢側に9mm + 中枢側に9mm = 計18mm の長さで、まず開放するとする報告もある。

腱鞘は切除すればするほど腱縫合の操作は楽になるが、術後に腱浮き上がり(bowstring)現象が生じやすくなる。そのため、腱鞘は必要最小減での切除が望ましい。

腱浮き上がり(bowstring)現象を生じさせないように、A2 pulleyA4 pulleyを温存することが望ましい。

症例によってはA2 pulleyやA4 pulleyを残せないことがあるよ。その場合、MP、PIP、DIP関節の近傍にある腱鞘(A1、A3、A5)を残すことができれば腱浮き上がり現象は防止できるとされているよ。
指導医

腱鞘の解剖

 

 

■ Step 6: FDS腱縫合 

  • FDS腱断裂があれば縫合する(FDP腱だけが切れている症例もある)。
  • FDS腱は、津下法や8字縫合で縫合する。可能であれば6−0ナイロンによる補助縫合(結節縫合)も追加する。

FDSの半腱切除が必要な際の処置に関しては、STEP8で解説するよ。
指導医

 

 

■ Step 7: FDP腱縫合 

  • 主縫合(core suture)補助縫合(peripheral suture)から成る。
  • 主縫合には、6-strand suture(=腱断端に6本の糸を通す縫合)が推奨されている。様々な6-strand sutureが報告されているが、Yoshizu1法Lim&Tsai法Triple Looped Suture法などが有名である。
  • 本稿では、Yoshizu1法(Kessler変法津下法)を紹介する。
  • 使用する針は、両端ループ糸津下ループ針である。

【主縫合(core suture)】

  • ① 4-0の両端ループ針を用いて、腱断端から7mm以上(できれば10mm以上) 離れた部位で、Kessler変法横糸を腱実質中央を横断するように通す(※末梢側の腱断端からの縫合を想定している)。

  • 横糸よりも2mmほど末梢から縦糸を刺入し、横糸よりも深く背側に通し、針先を腱断端からだす。
  • ③ 両端針のもう片方も同様の操作をおこなう。

  • ④ 相手方の腱断端から、先ほどの鏡面像になるように、縦糸を腱断端から7+2mm以上(できれば10+2mm以上) 離れた部位に通す。

  • 縦糸の2mm遠位(=腱断端から7〜10mm以上離れた部位)で、縦糸の掌側に横糸を通す。

  • ⑥ 再度、横糸の背側を通るように縦糸をかける。

  • ⑧ 先にKessler変法を締結し、最後に津下法を締結する。

 

6-strand sutureは自分の得意な縫合法を1つマスターして、安定した成績が出せるようにしておくといいよ。
指導医

腱断端に近い位置(<7mm)で横糸をかけると、縫合強度が低下するのがわかっているよ。
指導医

主縫合の際、腱へのlocking部の糸をかける幅の量は2〜3mmあれば十分とする報告があるよ。
指導医

腱断端同士を密着させてから縫合しないと、途中で糸がlockingしてしまいギャップ形成の原因になるよ。
指導医

 

【補助縫合(peripheral suture)】

  • 6-0ナイロン糸を用いて、連続縫合、連続かがり縫合、Cross-stitch法、単純結節縫合のいずれかを選択する。

縫合部全周に補助縫合をかけるのが望ましいが、視野が確保できない場合は片面だけでもよい。

補助縫合をかける場合、腱縫合部からの縫い幅は最低2〜3mmは確保しよう。針を刺入する際に、主縫合の糸を傷つけないように注意しよう。
指導医

 

 

■ Step 8: 腱縫合部の確認 

  • 患指を他動屈伸して腱縫合部が腱鞘を干渉する(ひっかかる)部位があれば、それを必要最小限で切除する。
  • Zone IIおけるFDP腱の滑走距離は、約20mmである。そのため、縫合部より近位の腱鞘も約20mm開放する必要がある。
  • FDS腱がFDP腱の滑走の妨げになる症例では、FDS腱の半腱を切除する。

指の屈伸によって腱縫合部がA2 pulley内に入る際、腱縫合部は通常の腱の太さよりも絶対に太くなる。そのため最も狭いA2 pulley内へスムースに入れないことが多い。その場合は、FDS腱の半腱を切除をして、FDP腱のA2内への滑走抵抗を減らす必要がある。

FDS腱の半腱切除する場合は、FDP腱の滑走床(gliding floor)となる腱交差部を残すように短腱ひもよりも近位で行う。ちなみにFDS腱が両側とも断裂している場合は、半腱のみを縫合し、残りの半腱は前述の要領で切除する。

指導医
FDS腱は半腱が残存していれば問題なく機能するよ。

 

 

■ Step 9:  指神経の縫合

  • 指神経断裂の合併症例では、顕微鏡下に、神経縫合をおこなう。

指神経に伴走する指動脈は再建しないことが多いよ。
指導医

 

 

■ Step 10:  皮膚縫合

  • 上肢ターニケットの駆血を解除し、出血点をバイポーラで焼灼する。
  • 創縁の挫滅はトリミングしてから、5−0ナイロンで皮膚縫合する。

創縁が内反しないように、時々垂直マットレス縫合を挟んで、創縁をやや外反させながら縫合すると良い。

早期自動運動療法(EAM)を想定した場合、手指の運動に伴う創離開を予防するために、結節縫合は比較的密にいれたほうがいいよ。
指導医

 

 

■ Step 11:  ドレッシング & シーネ外固定

  • 縫合後に開放創がなければ、ガーゼドレッシングや軟膏塗布はおこなっていない。
  • 術直後のシーネ外固定は、安全のために(=腱縫合部に不用意な緊張がかからないように)、手関節の屈曲位をやや強く(30°屈曲位)し、MP関節は50〜60°屈曲位でオルソグラス3号を用いて背側からシーネ外固定を行う。

ガーゼドレッシングしてもよいが、ガーゼがひっかかって患指の抵抗運動にならないように注意する。

抜管時に患者が無意識に患指を屈曲しないようにする目的でも、術前の腕神経叢ブロックは有用である。

 

 

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