Key Point Summary
屈筋腱損傷のZone IIは、一次縫合の治療成績が不良であり"no man's land"とよばれていた。 腱自体の治癒能力(= intrinsic healing)が証明されると、腱の修復は遊離腱移植から一次縫合へ、後療法は固定法から早期自動運動療法(EAM)へ移行し、それに伴い治療成績も向上した。 現在の屈筋腱損傷治療のコンセプトは、① 強固な縫合法(locking様式の6-strand suture)と ② 術後早期からの自動運動(EAM)で縫合腱を滑走させ、癒着を防止することである。
Q & A
Outline
【解剖】
- 屈筋腱の損傷部位分類におけるZone IIは、FDS腱停止部〜滑膜性腱鞘の折り返し部位までを指す。
- FDS腱は、MP関節の掌側以遠で二分し、FDP腱の両側を回ってしだいにその腱の背側に至り、中節骨掌側面にChiasma(キアズマ)を形成しながら停止する。
【腱損傷治療の歴史的変遷】
- Zone IIでの腱断裂を一次縫合すると強い癒着をきたし治療成績が不良だった。そのためBunnellは、Zone IIを "no man's land(=誰も手がだせない部位)"と名づけ、同部位での腱縫合を避けて遊離腱移植による治療が主流な時代があった。
- 1960年以降、腱の治癒に関する研究が盛んになり、腱自体にも治癒能力があり(=intrinsic healingと呼ばれる)、腱周囲の癒着を介さずとも修復されることが判明した。
- それにより、腱の修復は遊離腱移植から一次縫合へ、後療法は固定法から早期自動運動療法(early active mobilization: EAM)へ移行し、治療成績も大きく向上した。
- 現在の屈筋腱損傷治療のコンセプトは、① 強固な縫合法(locking様式を採用した6-strand suture)と ② 術後早期からの自動運動(EAM)で縫合腱を滑走させ、癒着を防止することである。
【屈筋腱縫合の手術時期】
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≦24時間の一次修復(primary repair)、≦2週間の遷延一次修復(delayed primary repair)、それ以降の二次修復(secondary repair)に分類される。
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腱縫合の時期に関しては、受傷後 ≦ 24時間が望ましいが、初診時は洗浄と皮膚縫合のみをおこない、後日待機手術としてもよい。屈筋腱には腱ひも(vinculum tendinum)が付着しているため、伸筋腱と比較して筋短縮性拘縮が起こりにくいという特長がある。受傷後1ヶ月ぐらいまでは一次縫合が可能とされるが、腱縫合は早いにこしたことはない。
【EAMの適応】
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不安定な骨折や血管損傷がないいこと。
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修復腱の緊張が高すぎず、リハビリ時に再断裂の危険がないこと。
- リハビリの目的と内容の理解ができ、訓練に協力が得られること。
Step by Step
■ Step 1: 麻酔
- 手術は、腕神経叢ブロック or 全身麻酔下でおこなう。全身麻酔下においても腕神経叢ブロックを併用したほうがよい。
- 手台を使用する。
- 上肢ターニケットを使用して、無血野で手術する。
肉眼での手術はオススメしない。ルーペ (or 顕微鏡)を使用しての手術が望ましい。
■ Step 2: 皮膚切開
- Zig-zag incisionとmidlateral incisionを組みあわせて皮膚切開をする。
- 受傷時の開放創を利用して、そこから側正中線に沿うように皮膚切開を延長し、皮線にぶつかったらzig-zag incisionにすることが多い。
手指が屈曲位で損傷した場合は、遠位腱断端が末梢に引き込まれているため、皮膚切開は創から末梢に向かって延長することが多い。
一方、手指が伸展位で損傷した場合は、近位腱断端が中枢に引き込まれているため、皮膚切開は創から中枢に向かって延長することが多い。
■ Step 3: 展開&損傷部位の確認
- 神経血管束を損傷しないように注意しながら、15番メスで腱鞘上を広範囲に剥離する。
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損傷部位(腱鞘断裂部、神経血管束損傷の有無)を確認する。
刃が垂直に刺さった場合を除いて、屈筋腱とともに片側の神経血管束が損傷されていることが多い。神経血管束の損傷部位を探す際は、損傷部から探すのではなく、健常部で正常な神経血管束を同定し、損傷部に向かって剥離するのが安全である。
■ Step 4: 腱断端の処理
- 腱断端の末梢側と中枢側を確認する。
- 末梢側:患指を他動屈曲すると血腫に覆われた腱断端が腱鞘内を移動(or 腱鞘開放部に露出)するのを確認できることが多い。
- 中枢側:手関節はサードマンなどを使って屈曲位とする。Milking(もみだし)したり、微小モスキート鉗子を腱鞘内に刺入して腱断端を把持して腱鞘開放部に引き出す。
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引き出したら、腱断端が再度腱鞘内に引き込まれないように、23G針で固定する。
上記の操作では中枢側の腱断端が容易に引き出されない場合は、A1 pulley上に斜めの皮膚切開し、一旦中枢に断端腱を引き抜いてから、その断裂端をドレーンチューブで巻いて、微小モスキート鉗子をつかって末梢に引き出すとよい。
■ Step 5 :腱鞘の処置(切除)
- 腱鞘の切除は、腱縫合部がどこになるかで異なる。
- 腱鞘切除範囲の目安:腱縫合後に他動屈伸をした際に、腱縫合部と腱鞘が干渉する部分(=滑走の妨げになる部分)である。
- 腱鞘切除範囲の目安:患指を伸展位で保持し、末梢側の腱断端(=縫合部となる)を中心として、末梢側に9mm + 中枢側に9mm = 計18mm の長さで、まず開放するとする報告もある。
腱鞘は切除すればするほど腱縫合の操作は楽になるが、術後に腱浮き上がり(bowstring)現象が生じやすくなる。そのため、腱鞘は必要最小減での切除が望ましい。
腱浮き上がり(bowstring)現象を生じさせないように、A2 pulleyとA4 pulleyを温存することが望ましい。
■ Step 6: FDS腱縫合
- FDS腱断裂があれば縫合する(FDP腱だけが切れている症例もある)。
- FDS腱は、津下法や8字縫合で縫合する。可能であれば6−0ナイロンによる補助縫合(結節縫合)も追加する。
■ Step 7: FDP腱縫合
- 主縫合(core suture)と補助縫合(peripheral suture)から成る。
- 主縫合には、6-strand suture(=腱断端に6本の糸を通す縫合)が推奨されている。様々な6-strand sutureが報告されているが、Yoshizu1法、Lim&Tsai法、Triple Looped Suture法などが有名である。
- 本稿では、Yoshizu1法(Kessler変法+津下法)を紹介する。
- 使用する針は、両端ループ糸と津下ループ針である。
【主縫合(core suture)】
- ② 横糸よりも2mmほど末梢から縦糸を刺入し、横糸よりも深く背側に通し、針先を腱断端からだす。
- ③ 両端針のもう片方も同様の操作をおこなう。
- ④ 相手方の腱断端から、先ほどの鏡面像になるように、縦糸を腱断端から7+2mm以上(できれば10+2mm以上) 離れた部位に通す。
- ⑤ 縦糸の2mm遠位(=腱断端から7〜10mm以上離れた部位)で、縦糸の掌側に横糸を通す。
- ⑥ 再度、横糸の背側を通るように縦糸をかける。
- ⑦ この段階で津下法の糸(5−0津下式ループ針)を通しておく。Kessler変法の横糸の2〜3mm近位・遠位に腱把持部がくるように糸を通す。
- ⑧ 先にKessler変法を締結し、最後に津下法を締結する。
【補助縫合(peripheral suture)】
- 6-0ナイロン糸を用いて、連続縫合、連続かがり縫合、Cross-stitch法、単純結節縫合のいずれかを選択する。
縫合部全周に補助縫合をかけるのが望ましいが、視野が確保できない場合は片面だけでもよい。
■ Step 8: 腱縫合部の確認
- 患指を他動屈伸して腱縫合部が腱鞘を干渉する(ひっかかる)部位があれば、それを必要最小限で切除する。
- Zone IIおけるFDP腱の滑走距離は、約20mmである。そのため、縫合部より近位の腱鞘も約20mm開放する必要がある。
- FDS腱がFDP腱の滑走の妨げになる症例では、FDS腱の半腱を切除する。
指の屈伸によって腱縫合部がA2 pulley内に入る際、腱縫合部は通常の腱の太さよりも絶対に太くなる。そのため最も狭いA2 pulley内へスムースに入れないことが多い。その場合は、FDS腱の半腱を切除をして、FDP腱のA2内への滑走抵抗を減らす必要がある。
FDS腱の半腱切除する場合は、FDP腱の滑走床(gliding floor)となる腱交差部を残すように短腱ひもよりも近位で行う。ちなみにFDS腱が両側とも断裂している場合は、半腱のみを縫合し、残りの半腱は前述の要領で切除する。
■ Step 9: 指神経の縫合
- 指神経断裂の合併症例では、顕微鏡下に、神経縫合をおこなう。
■ Step 10: 皮膚縫合
- 上肢ターニケットの駆血を解除し、出血点をバイポーラで焼灼する。
- 創縁の挫滅はトリミングしてから、5−0ナイロンで皮膚縫合する。
創縁が内反しないように、時々垂直マットレス縫合を挟んで、創縁をやや外反させながら縫合すると良い。
■ Step 11: ドレッシング & シーネ外固定
- 縫合後に開放創がなければ、ガーゼドレッシングや軟膏塗布はおこなっていない。
- 術直後のシーネ外固定は、安全のために(=腱縫合部に不用意な緊張がかからないように)、手関節の屈曲位をやや強く(30°屈曲位)し、MP関節は50〜60°屈曲位でオルソグラス3号を用いて背側からシーネ外固定を行う。
ガーゼドレッシングしてもよいが、ガーゼがひっかかって患指の抵抗運動にならないように注意する。
抜管時に患者が無意識に患指を屈曲しないようにする目的でも、術前の腕神経叢ブロックは有用である。
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