ホスピタルアートとは:医療空間を癒しの場へ
病院は、患者にとって治療を受ける場であると同時に、不安や恐怖が高まりやすい空間でもあります。
その中で、アートを導入して心理的安全性を高める取り組みが「ホスピタルアート(Hospital Art)」です。
私は形成外科医として日本医科大学付属病院や江戸川病院で日々臨床を行いながら、イタリアやタイなどの病院を訪問する機会がありました。
その中で、ホスピタルアートが空間に与える力を実感しています。
たとえば、イタリアの歴史ある病院で見た壁一面のアートは、殺風景な病室を「癒しの場」へと変え、患者だけでなく医療スタッフの心にも余裕を与えていました。

江戸川病院の病棟内のホスピタルアート:来院者に穏やかな安心感を与える。

イタリアの病院で見た壁面アート。歴史的建築と現代アートが調和していた。

イタリアの病院の小児科外来の気持ちが和らぐアート
ホスピタルアートの科学的効果
- ホスピタルアートは「飾り」ではなく、治療の一部として機能する科学的な取り組みです。近年の研究では以下のような効果が報告されています。
1. 患者への効果
アートがある病棟では不安・ストレスが軽減される
術後患者の鎮痛薬使用量が減少したとの報告も
長期入院患者の抑うつ症状が緩和され、治療への前向きな態度が向上
2. 医療者への効果
忙しい医療現場で働くスタッフにとって、アートは精神的な緩衝材として機能
バーンアウト(燃え尽き症候群)の予防に有効
医療者のモチベーションやチームワーク向上に寄与
3. 病院経営への効果
患者満足度(Patient Satisfaction)の向上は病院ブランディングにつながる
欧米では「アートがある病院」が地域選択の基準の一つとなっている
参考リンク:
日本におけるホスピタルアートの歩み
- 日本では1990年代から小児医療施設を中心にホスピタルアートの取り組みが始まり、近年は精神科病院や地域中核病院でも広がりを見せています。
- 活動は大きく分けて以下の3つのタイプに進化してきました。
展示型:待合室や病棟に絵画や写真を展示
空間設計型:壁や床・天井にアートを組み込む、建築段階からの導入
参加型:患者・スタッフ・地域住民が制作に関わるワークショップ形式
国内の代表的な事例
金沢市立病院 × 金沢美術工芸大学
→ 医療者と美術家が共同で空間デザインを実施北野病院(京都)HAPii+プロジェクト
→ NICU・化学療法センターなど、ストレスが強い場所に学生アートを展示平川病院(東京)
→ 患者自身が制作したアート作品を病院内に展示、リハビリと自己表現の場に日本海総合病院(山形)
→ 廊下を「ホスピタルストリート」とし、地域美術館と連携した展示を実施耳原総合病院(大阪)
→ 専任のホスピタルアートディレクターを配置し、アートを病院経営戦略に統合
詳細事例はこちら:
医療者目線で見たホスピタルアート導入のポイント
導入する場所の優先順位
患者が最もストレスを感じやすい化学療法室、手術前室、待合室が効果的
モチーフの選定
自然・季節感・地域性を取り入れたデザインが安心感を高める
プロセス自体を治療に
ワークショップ形式で患者やスタッフが制作に参加することが、癒しとコミュニケーション促進に
効果測定の実施
導入後は患者満足度調査や医療スタッフのストレス評価を行い、科学的なエビデンスを蓄積する
国際プロジェクト:日本医科大学 × チェンマイ大学
- 私が代表を務める東南アジア医学研究会では、日本医科大学とタイ・チェンマイ大学が連携し、ホスピタルアートを通じた国際プロジェクトを開始します。
- このプロジェクトは、タイの病院でホスピタルアートを導入し、その効果を科学的に評価することを目的としています。
日本とタイの医療者・アーティストが協働
患者・地域住民も参加する参加型プロジェクト
医療現場の改善だけでなく、文化交流と国際協力の象徴に
- この活動を通じて、アートが医療を超えて人と人をつなぐ橋渡しとなることを目指しています。
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まとめ
ホスピタルアートは、医療空間を単なる治療の場から「癒しとコミュニケーションの場」へ変える力を持っています。
患者満足度や治療効果の向上に加え、医療者自身のメンタルケアにもつながることから、これからの医療現場で欠かせない取り組みとなるでしょう。私たち医療者が主体的に関わり、エビデンスを積み上げながら実践を広げていくことが、より良い医療環境の実現に直結します。
そして、日本医科大学とチェンマイ大学による国際ホスピタルアートプロジェクトを通じて、アートと医療が融合する未来を切り開いていきたいと考えています。